2007年10月15日

よみ語り 日本料理秘密箱

 なにかを録音せねばなるまい! ということでリハビリでよみました。



 ぱらぱらと面白い部分をということで、見つけたのが人肉についてのお話。
 正直びっくりした。 
 日本の話じゃありません安心めされ。

 食の大国「中国」の話です。

 中国4000年はすごいよ、 いろんな意味で。

 参考までに読んだ漢字が難しいので、記しておきます。 

 脯(ほ) → 乾燥肉
 羮(こう)→ スープ炊き
 蒸(じょう)→ 蒸し焼き
 臠(れん)→ 刺身
 醢(かい)→ 塩辛

 論語 → 昔の中国の書物
 孔子(こうし)の門人(もんじん)の子路(しろ)

 斉(せい)の桓公(かんこう) 
 男の肉 → 両脚羊 または 想肉 こちらにはフリガナなし
 女の肉 → 不美羮(ふびかん)
 こどもの肉 → 饒葩(じょうは)
 
 なんでも食いすぎ・・・・。

 昔のカニバリーな話題はさておき、

 最近は中国料理はやっぱ四川だねと思います。辛くてしびれるのがうまいんです!
 次の日必ずお腹がおかしくなりますけど。

 あー久しぶりに録音した! うなるほどへたくそになってる。非常にやばい・・・。
posted by 難波鷹史 at 03:30| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月09日

なにをおヨミしたら、よろしおすか?

 音にしてみたい作品がいろいろある。

 「文語訳の聖書」 エンデの「モモ」 「日本料理秘密箱」 乱歩物 ホームズ物

 デュマレストサーガ「嵐の惑星ガース」の残り。



 変り種でこんなのもある



 「機動戦士ガンダム一年戦争全史 上U.C.0079-0080」 下巻も存在(笑)。
 もちろん興味深いところだけよむけど。



 「日本料理秘密箱」は京都にあった「福三」という今はなきラーメン屋さんにあった蔵書。
 ちょろっと読んだらなんだか面白くて、アマゾンで買いました。
 先回ラーメンの話で書いた「かえり味」もこの本からのウンチクです。
 
 ミキサーもマイクもパソコンを触るときはいつも電源がオンになってる。

 いつでも録音OKなのだが、最近自信が無いのか、思うように気が進まない。
 それでつい、古いドラマやめちゃめちゃレアな映画のPC録画を始めてしまい、PCを専有してしまう。

 言い訳を考える。

 「古い荷物(ビデオ等)の整理もあるし、だって、まだオーディオコンプレッサーが無いから 「ギャー」とか「いてーよぉ先生!」なんて大声出せませんぜ・・・。「シャッ」とか「シッ」とか、歯擦音(しさつおん)もうるさいかもしれないから、ディエッサー付きのコンプを手に入れたらどうすか〜 とか。

 そんなの無くてもある程度の録音クオリティがあることはすでに言われていることなのですがね。

 とりあえず、お話しPod&ラジオデイズ朗読賞2007にでも応募するかな。

 なにを応募するかそれが問題だ。
 
posted by 難波鷹史 at 17:32| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

朗読ブログの紹介「朗読リーマンB-BOY」

 朗読ポッドキャストの輪を広げようということで、検索エンジンから探し出した「おーこれはすごい!」なんて思った朗読サイトやブログを紹介します。

 今回は「朗読リーマンB-BOY」です。
 ポッドキャスター? であるKUNIさんは演劇経験もあるようで、朗読にもそれぞれのキャラクターに合わせた役作りで大変好感がもてます。聴いた朗読は、またしても「ホームズ」モノだったのですが、最初はどれがご自分の地声か分からないほどです。
 録音の品質も非常によく、録音初心者にはありがちなマイクのポップノイズも皆無です。

 ぜひお聴きくださいませ。
 
posted by 難波鷹史 at 12:42| 京都 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

自分の声との出会い

 アクロ・コルドンキラーの難波です(いやキラーは医者だ)。
 久々に朗読のあれこれを書きます。

 朗読を録音公開でなく、人前で行うにあたり、ある人はビックリし「なんかしてはんのですか?」と度々聴かれます。
 前は「いえ、特になにもしてないですよ」と答えていました。
 それはわたしが特に演劇を経験したわけでも、訓練をだれかから特別に受けたのではないという意味で答えていたのですが、最近では「はい、自分で訓練しています」と答えています。

 それは、一般人(この場合の一般人とは朗読を追及する、役者や演劇者、朗読者は含みません)がやらないことをやっていたからです。

 その訓練とは、自分の声を知ることです。

 最初、自分の声との出会いは何だったでしょうか?
 みなさんは、録音機器で録った自分の声を、聴いたことがあるかもしれません。
 気持ち悪いとか、「だれだ、この声?」などと思ったことだと思います。

 わたしの場合、自分の声との出会いは中学生のときです。
 変声期は過ぎていましたので、声は安定していましたが、こもっており、子音も母音もはっきりしない、悪声そのものでした。
 大人になった後も
 「あんたの声は聴き取りにくいっ!」
 とか言われまして、コミュニケーション上まずいなと思い意識してはっきり発音しようと心がけたときもありましたが、最近(2から3年の間)になるまで自分の声を聴くことはありませんでした。

 それで2003年のころだったか、わたしを生んだ母が(育ての親もいっしょだけど)、

 「あんたはいい声しとるから、なんかやったらええねん!」とかなんとか言うじゃありませんか。

 息子を一度も褒めたことのない(少なくともオレの記憶にない)母がです。

 ははーん、自分の声は自分が思っているほど、悪いままではなかったようだ、ということに気が付き、本家朗読サイトのプロフィールにあることなどがあって、まともに自分の声と向き合えることになったのです。

 いい朗読(表現よみ)は自分の声を知ることから始まりまるのですよ。えぇ。

 最初は戸惑うことと思います。聴きなれない声が、何を隠そう自分の声だというのですからね!

 でも、それでもひるまず、まずはいろいろな声を出して、録音し(冒険活劇ものは喜怒哀楽いろいろあるからオススメ)。

 「もう一人の自分の声を楽しむ」

 ことをお勧めします(これで六時間くらいは楽しめる)。

 この段階を越えれば、他人の声だと思っていた自分の声が、実際のリアルタイムボイスと大差がなくなることを感じてくると思います。
 この先は理想の朗読、人に聴かせるのもいいですが、自分が楽しむために録音するのです。

 なんども録音を聴いていると、自分のダメなところ、気になるところが分かってくると思います。それは自分の朗読への理想が向上した印です。

 そうした部分を消してゆくと、朗読はどんどんよくなることでしょう。

 そして理想もまた尽きないのですけどね・・・。
posted by 難波鷹史 at 18:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月07日

佐々木健(たけし)さん朗読の赤毛連盟

 Amazonでなにげに朗読CDを検索していたら、大久保ゆうさん訳のシャーロックホームズ「赤毛連盟」がありました。これはわたしも録音中のもので、今後の参考に試聴ページで聴いてみました。

赤毛連盟試聴ページ

 佐々木健さんいいですねぇ。実にいい。
 役を完全に演じ分けてる。聴いていてニヤけてしまいました。とにかく楽しい。自分の録音も正直なところニヤけながら楽しむんですが…
(ナルシストとか言うな(笑))
 それを他人に見出した感覚です。落語を聴く感覚に近い楽しさかもしれませんが、声色(こわいろ)が半端じゃないところが、落語とは一線を画すところでしょうか。

 試聴ページには7つの音声ファイルが聴けるんですが、それぞれ声の演じ分けが確認できるように配慮されています。
 
 またいろいろがんばろうか! という気分になります。


続きを読む
posted by 難波鷹史 at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月24日

さまよえる幽霊船

 以前に、母校のあるコミュニティーで、学級文庫の話題がありました。そこでこの本のことを聞きました。

 「ひげじいさんが語る さまよえる幽霊船」
 
 最近では児童向きのオカルト小説があるようですが、そっち方面の本ではありません。どちらかといえばロマンをくすぐるタイプの方でしょう。
 気になって本屋の児童書コーナーや古本屋を見ていたのですが、昨日、地元のブックマーケットにて発見しました。お値段105円。たぶん買取値段は数円だったんでしょうね。古い本かと思ったら、まだ絶版ではないようでAmazonでも手に入ります。



 冒頭を少し「表現よみ」してみました。
 文体自体はひげじいさんがこどもたちに語りかける感じなんですが、読んでいる読者が、じいさんの船に案内されて、お話を聞くみたいな導入部で掴みがすばらしいです。

 なによりじいさんのように読んでいる自分に笑えます。

 本のなかのイラストも味があってかわいい。朗読を聴きながら、イラストも見れれば最高でしょうが、著作権的に許されているのは、無料による音声発信だけなので、今後わたしで公開することはありません。まー、本を買ってくださいということです。

 ネタのストックはどんどん増えるのですが、肝心の録音ができていません。録音スタジオである自分の部屋はもう少しで整備できそうなのですが、録音はもう少し先になると思います。
posted by 難波鷹史 at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月20日

ミヒャエルエンデのモモ(FMシアター)

追記2012年12月3日

 こちらへ、ラジオドラマ モモ にて検索でこられる方へ。
 個人的なお願いは、左にあるメールアドレスへお寄せください。



 こどものころは自分の部屋にテレビなどなかったので良くラジオを聴いていたんですよ。月ー金曜日まで「ハイヤング京都」(古いよなぁ)土日はFMばっかり。しかも流行曲なんか聴かず人の会話を好んでチューニングしてました。
 そんなとき偶然に聴いたドラマに衝撃を受けました。それがNHK制作のラジオドラマ「モモ」だったんです。

 「モモ」の作者はミヒャエルエンデという作家ですが、この作家に始めて接したのは映画「ネバーエンディングストーリー」でした。とにかくこのドラマはセンスよし、配役よし、音楽よし。もう言うことない。
 モモは「まんが世界むかし話」の宮城まり子だし、マイスター・ホラは森繁久彌だし、観光ガイドのジジは橋爪功(京都迷宮案内)、ナレーションは「こもってるやさしい声が魅力」の山崎努。うん、これらの実力俳優だと声の演技でもすばらしい!
 
 それで、先日大阪にいったときに紀伊国屋でモモの文庫版を見つけ購入しました。そう! 知ってから20年は経つのに原作を読んだことがなかったのです。この文庫は一昨年刊行されており、それまでは大きいサイズのものしかありませんでした(それで手が出せなかったんですけどね…高くて)。

 ドラマのシナリオに比べると原作の情報量は結構膨大で、朗読の吹きこみ完了するのにも「嵐の惑星ガース」の2割増しという感じ。
 この度20年前の録音テープを先日無事デジタル化し、通勤時に繰り返し聞いています。
 それでは、心に残る名俳優陣の歌をご紹介して記事を閉じようと思います。

 まず、原作に記述のある詩「アイルランドの旧いこどもの歌」をドラマでは宮城まり子嬢が「モモ」の声で歌っております。作曲はたぶん音楽担当の神谷重徳だと思いますが、アイルランドにもともとあるメロディなのかもしれません。ドラマではこのメロディのアレンジが数多く使われています。


やみにきらめくおまえの光、
どこからくるのか、わたしは知らない。
ちかいとも見え、とおいとも見える、
おまえの名をわたしは知らない。
たとえおまえがなんであれ、
ひかれ、ひかれ、小さな星よ!



 次に斎藤晴彦が灰色の男(BLW/553/C)を演じているのですが、人形のオプション品を説明するところで、ミュージカル風に歌い上げています。この人は名優だよ。



 以上、現在わたしはNHKにこのドラマの再放送および商品化(CD販売)の予定がないのか問い合わせ中です。


posted by 難波鷹史 at 01:22| Comment(62) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月08日

高齢者の難聴と朗読にまつわる音響について

 先日、ヘッドホンで講演を聴いているご婦人が嘆いておられました。
 低い声はこもっていてなにしゃべってんだかわからない、大きくなりすぎてうるさいというのです。老人性難聴というもののようです。認めたくはないものではありますが。
 聴力が衰えると、まず高い周波数の音がまず聴こえにくくなるそうです。例をあげるとマイコン家電の「ピッピッ」という音に気がつかない。最近は「ピッ」となった後、「ブー」と低い音を鳴らす電子レンジもありますね。あれは難聴の方でもわかるように改良されたものなんだと始めて知りました。

 それで人間の声なんですが、高い周波数の音が聞こえないと、子音部分が分かりにくいということになります。母音(あいうえお)そのものはその人が発声する基音に準ずると思いますが、子音は周波数が高いですからね。
 従って、高い周波数成分の出力が極端に小さい声、こもった声では、難聴者にとって聴き取りにくいということになります。

 さて、難聴者がそのような声を明瞭に聴こうとした場合、やはりヘッドホンを用いることになるのですが…。しかしそうすると低音も馬鹿みたいに増幅されて音としては、良好とはいえないでしょうね。恐らく話は分かっても苦痛この上ないでしょう。

 難聴の症状が初期段階の場合ですと、音量の増幅だけで対応できるでしょうけど、難聴が進むと音量増幅だけでは無理です。
 それで声を出す側が、複式発声を実践し、高い周波数成分をもっと多く出すように工夫しなければなりません。声を張るというやつです(たぶん)。
そして音響機器にはコンプレッサーの導入も検討するべきかもしれません。音量のレベルオーバーを防ぎ、小さい音のレベルを上げるものです。

 先回、表現の幅があれば、いろいろ対応できていいという話をしましたが、自分の声の張りといいますか、豊かな倍音成分というのも、大事な要素なのかもしれません。


 

 
posted by 難波鷹史 at 13:08| Comment(3) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月30日

漫読家という人

 漫読家(まんどくか)「東方力丸」という人の存在を始めて知ったのはテレビのワイドショーだったと思う。最初はびっくりした。街頭で紙芝居のように人に漫画を見せながら、芝居を行っていたんです。それも「大絶叫」で。
 わたしも漫画を朗読しながら楽しんだことはありましたけど、それを人に聴かせる芸にまでもって行けているところに驚きました。

 これまでの朗読、いや言い換えれば音読ではない「表現よみ」を実践しようとする人なら、その是非はともかくとして、東方氏のパフォーマンスにはかなり衝撃を受けるのではないかと思います。

 漫画の作品自体にも、その作品にあった語り口があるわけで、わたしがテレビで聴いたのは「北斗の拳」だったので、他の作品でどのように感じが変わるのかは確認していませんが、恐らく作品ごとによみ分けるのでしょう。
 東方氏の北斗の拳はまさしくアニメの一人芝居版という感じでした。

 さて、日本の大道芸に紙芝居というものがあります。今は商業的には廃れてしまっていますが、各地のコミュニティーでは手作り紙芝居として残っているようです。わたしの目指す「表現よみ」はこのあたりにヒントがあるのかもしれません。

 わたしも恥も外聞もなく、街路で絶叫できるような(しないけど)テクニックがほしいです。大容量のアンプは小音量でも音がいいのと同じく、大容量の表現の幅があれば、どんな語り口にも対応できるのではないかと、こんな風に思うのです。

東方力丸氏を紹介したページ
東京表現
posted by 難波鷹史 at 17:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月27日

音読か朗読か表現よみか?

 書かれている言葉を正確に発音する。
 朗読については、非常に重要で大切な部分ですが、実のところわたしに欠けている部分です。先日も吹き込み大作戦ケロログの方で指摘をして頂きました。

 音の正確さという点では、音読ということばがあります。定義はよくわかりませんが、わたしとしては、文字面を正確に発音して、なにがかかれているかを目の見えない人に伝えるというものだと思っております。

 そしてこうした音読主体の音声配信サイトもありまして、朗読を取り組み始めたときはよく聴いたりしておりました。ですが正直なところこのようなサイトのファイル群はわたしとしてはあまり評価しておりません。個々の読み手がというよりは、身体障害者に対してという姿勢から「朗読」ではなく、書かれている音を伝える「音読」に他ならないからです。
 例えばテキストのコピーであれば音読でもいいわけです。しかし、聴衆に「朗読」として聴かせるばあい、もっと語りかける、情感のこもった表現が必要になります。

 ですので、音読を聴く際に「なぜ、もっとわたしを楽しませてくれないんだ!」と思うわけです。面白くなくて消化不良を起こすんです。正直なところ発音の悪い自分の朗読を聴いている方が楽しいわけです。

 次回、テスト的にですがわたしの「音読」を発表してみようと思います。その後、同じ内容の「朗読」つづいて「表現よみ」として段階的に違いを示せれば面白いかもしれません。

 わたしの知っている教科書には以下のような一文があります。

 「良い朗読は、会話のように聴こえます」

 好きな言葉です。
posted by 難波鷹史 at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

デュマレストサーガ「嵐の惑星ガース」十章三節アップ

 吹きこみ朗読大作戦に「嵐の惑星ガース」十章三節をアップです。
 先回からかなり期間があいたので、デュマレストの声が似てません。昔の自分の声を真似るのってなんか変なかんじです。メガンの「いてーよ!」の絶叫で、音が歪みました。やっぱりサウンドコンプレッサーが必要かもしれません。
 みなさん、絶叫できる朗読って、面白いですよ。お勧めです。
posted by 難波鷹史 at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

シャーロックホームズ「赤毛連盟」をアップ

 吹き込み朗読大作戦に「赤毛連盟」第一回をアップしました。
 冒頭から新聞の赤毛連盟の広告文を読む直前までです。

 ところで、今回お話しPodの姉妹サイトで「お話しマルシェ」というのが出来ました。わたし自身、朗読の有料販売についてはいろいろ思うことがあります。果たして需要があるのかどうか、はたまた有料にする場合、無料版との差別化をどう図るか、そもそも有名ではない人の朗読をお金で買う人がいるのかどうか、こういってしまうと本末転倒ですが(笑)。

 無料版は期間限定で公開し、時期を過ぎれば公開を止め、販売に移行させるという差別化ができますが、サーバーのハードディスクの容量もたくさんあるのに、わざわざ公開を停止しお金を要求することには、多少なりとも良心的に引っかかるものがあります。
 スタジオを借り録音品質を高めたものを買っていただくという方法も考えられますが、自宅録音でもある程度、気を使えば、かなりいけるレベルまで持っていけます。ですので、お金を要求するほどのクオリティの差はでないだろうと思います。

 「お話しマルシェ」では「ポッドキャスティングでは古い放送は削除されてしますので、格安で販売する」とのことですが、販売にも結局のところサーバーからのダウンロードを伴いますので、事実上、時期を過ぎれば、販売に移行するという方法と同じです。

 ここまで書きましたが、結局のところ事実上、有名でもない我々の、よみや声に商品価値があるのか? ということです。仮に商品価値がでてきたら朗読の無償公開に制限を加えていかなければなりません。これは俳優や声優の朗読が、無償で公開などされていないことと同じですが、どうもビジネスモデル的に無理な感じがします。

 タレントはテレビや(一部ラジオ)で無償放送による宣伝活動を行い、そしてスポンサーのあるいは自分の商品を視聴者に買ってもらうことで、ビジネスモデルが出来上がっていますが、今回の有料販売には、そういった明確なビジネスモデルが見えてこないのです。

 将来、デジタルラジオの本放送が予定されていますが、これが実現すれば、タレントではなく朗読者の朗読の有料販売というビジネスモデルが見えてくるような気がします。わたしとしてはやはりそちらが目標だと思いますし、eブックランドさんにしましても、やはりそちらの実現の方に重きをおいているとは思います。

 今回は実験的な部分が強いと思いますので、どうなっていくかは非常に楽しみではあります。
 
posted by 難波鷹史 at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

食品の説明の朗読

 お菓子や加工食品には、その商品の生い立ちや特徴を説明する一文があります。職人が守ってきた確かな技術が表されているそういった文章を読むとき、味があるなぁーと感心します。
 昨日録音したのは「特別な存在なのです」というおじいちゃんのCMでおなじみ「ヴェルタースオリジナル」です。
 今回はわたしの録音初! 音楽入りです。吹き込み大作戦ブログ版にアクセスしてみてください。
posted by 難波鷹史 at 12:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月28日

赤毛連盟

 ホームズ君なのである。
 創元推理文庫版の阿部知二さん訳のものは持っているのですが、今回はフリーで大久保ゆうさんが翻訳して下さっているものを読んでおります。題名の創元版が「赤髪連盟」で、大久保版が「赤毛連盟」のように違いがあり、翻訳文も大久保ゆうさんの訳の方が読みやすいようです。
 昨日、録音を開始したのですが、語り口がこれまでに読んでいたものと違うためか(技術が未熟なのもあるさ、そりゃあ)、舌がもつれて発声できません。
 結局、最初のタイトルと作者と訳者を吹き込んだだけに留まりました。

 今回は、訓練していた鼻濁音を始めて吹き込みます。その違いを聴き比べていただけたらと思います。 
posted by 難波鷹史 at 20:43| Comment(6) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月26日

吹き込み朗読大作戦 正式公開です。

 ご無沙汰です。難波鷹史です。
 朗読のメインサイト「吹き込み朗読大作戦」ですが、この度、正式公開にこぎつけました。新しい録音はまだですが、雰囲気だけでも感じてください。
 ちなみに、「朗読吹き込み」だったり「吹き込み朗読」だったり、どちらなのか自分でも分からなくなったんですが、過去の記録を探ったところ「吹き込み朗読」が正しいことが判明しました。
 大作戦は「宇宙大作戦」から取っています。分かる人には分かるかな?
posted by 難波鷹史 at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月04日

合同勉強会

 「わたしのは朗読でなくて、表現よみなんです」

 先日の土曜日、コトバ表現研究所所長の渡辺知明さんが京都に来られて、京都放送劇団と合同勉強会を開催しました。わたしも呼ばれて参加いたしました。
 上記のカギ括弧の文は渡辺さんのサイトによく書かれている言葉なのですが、ご本人から生声で聞けることが面白かったです。
 以前からメーリングリストで交流がありましたが、実際にお会いしても、そのままの方で、「気さく」でさらに「理屈(笑)」っぽいところに共感しました。
 勉強会自体は3時間程度でしたが、その後夜の席で皆さんを交えて語りました。以下わたしが思ったポイントです。

・すべての文章は語り口を持つ

 よむ文章によってふさわしいよみ方があり、それは独り言口調であったり講談口調であったり、落語であったり、はたまた舞台風であったりするということです。
 文章は音声言語を記録するために書かれていますが、どのようによむかという事については記録されていません。それを文体や時には作者の背景なども考慮し、もともとあったはずの語り口を復元するということなのかなと思いました。
 NHKのアナウンサーのよみは面白くないとよく言われますが、あれもアナウンサー口調という一種の語り口です。文字面だけを伝えるいわゆる「音訳(音読)」では、この語り口一つで十分ですが、この語り口だけでは作品を表現することは出来ないということのようです。

・よみには漢字が当てられない

 一般によむといえば黙読を表す「読む」です。
--注-------------------
この言葉について指摘があったので、注釈をいれておきます。

 国語辞典には漢字の「読む」をこう書いています。

(1)書かれた文字を一字ずつ声に出して言う。文字に従ってとなえる。
「大きな声で―・んでください」「本を子供に―・んで聞かせる」「経を―・む」

 もともと、声に出すことが読むことの基本概念だったようですが、現在ではほとんど黙読を連想させる漢字になってしまいました。なので、音声表現を表す「よみ」には事実上、漢字がないということなのです。
-----------------------
詩をよむは「詠む」です。
でも音声で表現する「よむ」は漢字がありません。このことはわたしも以前から疑問に思っていました。だからよく平仮名で書いています。


・表現は高低アクセントでなく強弱アクセント

 この違いが実は良く分からなかったのですが、顎を引いて発声すると強、引かないで発声すると弱というイメージです。高低アクセントだけだと、デパートの店内アナウンスのような感じになります。
 「○○さま、一階のサービスカウンターまでお越しください」
 こういったアナウンスをジャスコなどの大型スーパーで聞くことがありますが、高低アクセントしかないことがよく分かります。

・文章は最初にカギ括弧から始まっている

 これは、渡辺さん本人ではなく別の方が言っていたことばだそうですが、最初から語り部のセリフが始まっているということなんだそうです。小説では地の文といいますが、それは一人称の文体でなくても、なんらかの人格(作者のようなもの)が存在するということです。

 以上、思い出す限りで書いてみました(メモしとけば良かった)。

 渡辺さんとは京都の地下鉄四条駅までご一緒し、握手して別れましたが、なんとも始めて会った気がせず、名残惜しい気がいたしました。
 また、お酒を片手に(あまり飲めませんが)語り会えたらと思います。

posted by 難波鷹史 at 12:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月13日

お話しpod

 e-bookLandというサイトで、朗読専門ブログページ「お話しpod」の開設告知が発表されました。
 これまで、朗読の音声ファイルをブログで公開して、個人的に発表する人は多かったのですが、組織だってこのような朗読専門のブログサイトができるのは初めてではないだろうかと思います。また、この「お話しPod」ですが将来の地上波デジタルラジオで放送を見込んでの開設なんだそうです。
 わたしが思うには、この専門サイトで「朗読を聴く」という行為をリスナーに知ってもらって、需要を喚起したところで、デジタルラジオ番組実現へと移行していく、という感じではなかろうかと思います。

 それで現在、このデジタルラジオでの番組実現に向けて署名を集めているということです。わたしも発起人として名を連ねております。

 なおデジタルラジオの放送自体は無料ですが、おそらくスポンサーが付いてCMが流れるんじゃなかろうかと思います。音声だけのCMもなかなか楽しいものだとわたしは思います。
 
 最近のテレビは質が悪くて、どんどん人を考えなくさせていく傾向があると思うのですが、ここで、今一度、音声メディアのよさを見直してもらえればと思います。
 
posted by 難波鷹史 at 11:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月09日

お詫び

 この数日でわたしのnamba@にメールを送られた方、メールソフトのフィルター設定のミスで、読む前からサーバーから消えていっておりました。もし返事を頂いていないという方がおりましたら、再送信をお願い致します。ごめんなさい。

 これだけだと面白くないので、写真を…。一年前の桃山町を探索しているときのジムニーの写真です。

DSCF0099.JPG

 この車との付き合いはもう15年になります。いろいろ修理したばっかりなので、まだまだ長い付き合いになりそうです。あー今年も車検がやってくるよ。お金ないよ…。


 
posted by 難波鷹史 at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月24日

鼻濁音のすすめ

 こんにちは、難波鷹史です。
 最近は鼻濁音に凝っています。

 演劇や歌、ナレーションの教科書には、鼻濁音を使うことが薦められています。ガギグゲゴを文字通り発音するのではなく、鼻に掛けるのです。
この音は、「君が」の「が」とか「こくご(国語)」「ご」とか、頭にでなくそれ以外に出てくる濁音を鼻濁音で発音します。「GA」でもなく「KA」でもない音です(字では表現できないよ)。これが日本語をより美しく発音する技術なんだそうです。

 たしかに、テレビのアナウンサーやナレーションをよく聴くと、鼻濁音が発音されていることに気がつくと思います。実のところ私はこどもの頃からこの鼻濁音は知っていました。しかし、頑固な私は、この鼻濁音が文字通りの発音でないことになにか反発がありました。
 「が」はGAだろうが!! 「ご」はGOだろう!! ということです。「が」や「ご」を鼻濁音で発音することは、人間の怠慢だと思っていたのかもしれません。また、学校で「鼻濁音」という概念自体習った覚えがなかったから、そんな反発があったのではと思います。

 最近周辺での会話や朗読を聴いていましても、鼻濁音を使う人は少なくなっているように思いますが、これはもしかして私が住んでいる地域が関西圏なためかもしれません。

 関西人は語尾を伸ばしてしゃべるので、もしそのまま鼻濁音を使用すると、「くぁ〜〜と」か「くぉ〜〜」とか間抜けな音になってしまいます。私が鼻濁音を嫌っていたのも、そのところに原因があったのかもしれません。

 鼻濁音は、母音まで全部発音せずに、歯切れ良く「切る」ことが大切です。

 が! ぎ! ぐ! げ! ご! です。濁点の点は各々一つぐらいで考えてください(笑) 


 
posted by 難波鷹史 at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月01日

芝居と朗読

 2月26日に、放送劇「北限の海女」に少しだけ出演することになりまして、昨年10月から稽古に参加させて頂いているのですが、いろいろ考えることがあります。
 朗読だとか朗読劇だとか放送劇といったものは、どの点で線引きされるのだろうということです。今回の放送劇も「朗読」でしょ? といわれると「いや、朗読じゃなくほとんど芝居です」と言ってしまう。なぜだろう?

 放送劇は基本的にはマイクを用い、音声だけで成立する「芝居」です。ラジオドラマの収録風景を、舞台化したものといえるかもしれません。演技者は台本を持ったまま芝居を行うことが許されます。ですから、台詞を完全に暗記する必要がありませんので、難易度として考えると敷居が低いといえるかもしれません。
 北限の海女を稽古していて思ったのは、読んでいるテキストが小説ではなく台本です。小説にあるような、細かな心理描写や状況説明などはありませんので、台本のセリフから各キャラクターの心理状況や、双方の位置関係など考慮して声を出さなくてはなりません。小説よりも洞察力を働かせないと、お客さんを感心させるような表現はできないといえるでしょう。そのような部分は、経験豊かな演出家の方がいろいろ言ってくださるので、いつも「なるほど〜!」と思ってしまいます。

 一方、朗読はというと、読むものは台本以外であり、論文、小説、詩など人間の感情が入ったものを読む場合に当てはまるのではないかと思います。現実に起ったことを伝えるニュース原稿などは、朗読とは言わず音読といったほうがいいと思います。
 このように考えると、実際の読み方でなく、読むもので決まるような感じです。
 
 今回の放送劇でも、対象が小説であれば「芝居というより朗読です」と言ったかもしれません。
posted by 難波鷹史 at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 朗読と演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする