なぜって? あまり連続して食べると太るからです。
今週は京都の七条通りに移転オープンした「ひで」というお店と、後学のためにということで、「天天有 桂川街道店」に行きました。
さて「ひで」ですが、京都の激戦区からの移転ということで期待してたのですが、店にはいるなりいやな予感がしました。入り口にご婦人二人が待ち構えていたのです。
女性差別をするわけではございません。女性の作る料理は大好きでございます。
でも、おいしいお店で女性が料理人というところは非常にまれなのです。 中に入っても男性の姿はなく「あ・・・やばい」と思いました。
予想通り、スープが麺に負けておりました。味はいいですが、出汁が弱いのです。これは決して塩分の問題ではなく出汁の濃度そのものが足りないのです。
ひとこと評価「スーパーで売ってるうまいラーメンの域を出ません」
ところで、日本料理のお吸い物には「かえり味」という言葉があるそうです。これは最初飲んだときは「お湯」を感じるのですが、最後まで飲み干すと、後でしみじみと季節感や風味が分かるというものです。
ですから、どんな汁物でも出汁が濃ければいいというものではない! と言うことが出来ます。
でも、ラーメンは麺を食べる料理ですから、俄然スープに強さがなければなりません。そこんところをわかってない料理人が多すぎるといわざるを得ません。
せめてもの救いはこのように味が足りないものを、化学調味料でごまかそうとした形跡がなかったことでしょうか。
さてお次は「天天有」ですが、正直にいって先代の親父さんのラーメンを食べたかったなあと思います。
今の天天有のスープには強さがない。
出汁は鶏と野菜(丸スープ)のものと鶏と背油、一味(角スープ)とありますが、両方ともなにかが足りません。
味そのものは、甘みがあって悪くはないのです。ただ麺と合わせると弱いのです。
で、食べているうちに飽きがきて、コショウや辛子味噌や一味を入れるんですが、それでも 食後には、どうにも言いようのない、満足しない、空虚感が漂う、そんなラーメンです。
ひとこと評価「インスタントの袋麺のほうがコストパフォーマンスがいいぜ」
先日知人が「ラーメン屋で600円出すぐらいなら、インスタントラーメンを食べる」と言っていましたが、このようなラーメン屋が味を改めない限り、同じように思ってらっしゃる方も多いんだろうと思います。
なぜ、ここまで味が落ちているのに、あちこちでチェーン店が出来てるんですか? 天天有。
先代のはち切れんばかりのチャーシューメンを食べとうございますよ。カムバーァック、親父さん(確かお亡くなりだったかも)。
ちなみに本店もまったく同じ味だそうです。
話は変わりますが。
いろいろとラーメンを食べてますと、確かに本当においしいもの(本物)を知ることになります。
「横綱」とか、先ほどの天天有、そして「来来亭」など、わたしの中では大したことのないラーメンです。正直。
もし、あまり京都でラーメンを食べ歩いていなければ、上記の店は好きなラーメン屋になっていた可能性はあります。
「美味しんぼ」という漫画で、みんなは「おいしいー!」って言ってるのに山岡さんだけ渋い顔をしているのと同じです。山岡さんは本物をよくご存知だったのです。その後、本当においしいものを他の人たちは知ることになるわけです。
さて朗読ですが、本当にすばらしい朗読ってなんだろう? 朗読の聴衆者が「本物」の朗読を知り、つまり「舌」が肥えてしまったら、わたしは太刀打ちできるだけのセンスや技術があるんだろうか?
などと、朗読と絡めて思ったりなんかしました。
そもそも、朗読をまず聴くという文化を推進していかなくては(つまり味わう人)、いい朗読者(料理人)は育たないかもしれませんねぇ。
昼間の天天有があまりにも、ひどかったので、一乗寺にある今月オープンした「紫蔵」(たぶんよみは「
味は確かに食べたことのないラーメンで、わたしが経験した味に例えるなら、玉子でスキヤキを食べた残り汁のような感じとでもいうか、なんとも懐かしいような、暖かく、ほっとする味。
麺は太くて縮れていて、短く食べやすい。
スープは豚骨に鶏の油だそうです。もしかして「玉子でスキヤキ」のこの玉子は鶏の油の風味かもしれません。
メニューもいいよ!
ミニラーメンがあるし、それでチャーシューメンにすることができます(写真はミニ)。
鶏の油も少なめ、標準、多めの三段階。ダイエット中のわたしなんかにはめちゃくちゃ助かります。
店ではマスターらしきお兄さんがテキパキ張り切って仕事をしていたのも好印象!
「大変おいしかった! まずいところがばっかりだったので、救いになった! また来る!」とエールを贈ると、大変うれしそうに礼を言ってくれました。
ひとこと評価「鶏の油が最高! ぜひ食べてください!」


