2012年05月21日

ビデオゲーム文化論

 昔書きつづった文章が出てきたので、少し調整して掲載します。
題してビデオゲーム文化論。

ンピューターゲームは果たして玩具か

  ビデオゲームソフトが玩具店で売られている以上、それは玩具的商品であると言える。
 玩具というイメージから遠い、テーブルトークRPGも、意気な玩具店でならお目にかかれるように、玩具店が扱う商品は幅が広い。
しかし一概に玩具店にある商品はすべて玩具であるというのには、少し乱暴すぎるだろう。
ではおもちゃの定義とはなにか、ホビー全般と比較検討し、ビデオゲームの未来を考察してみる。

 ○オモチャの定義

 玩具とは ”現実または架空の森羅万象を模倣したもの”であると定義してみたい。

 模倣。
 それそのものではないが、それに限りなく近く、あるいは用途別にアレンジされて、人が自ら参加して楽しむもの、さらに比較的低年齢から使用することができることが、オモチャたるべき定義である。

 SANY2627.jpg100円ショップで見つけたおもちゃのマイク、しこんだバネが声で反響することで、エコーがかかっているように聞こえる。すばらしい模倣。

 飛行機や車、動物などを模倣した玩具。子供が乗って遊べるようにした乗用玩具。これらはすべて、玩具のカテゴリーであり、模倣が確実でリアルなほど玩具とは呼ばれにくくなり、対象年齢が上がる。リアルな鉄道模型やモデルガンは、玩具と同じく模倣であるのにもかかわらず、玩具店ではなく主に模型店で売られているのはそのためだろう。

 模倣の方向性がリアルで精巧になるほど、玩具とは言わずそれは大人のホビーと呼ばれることになる。

 ○スポーツの定義

 ついでだからこれも言及しておく。我々がスポーツと呼んでいるものは、適度またはそれ以上の肉体疲労を伴い、ゲーム性があるものならば、「スポーツ」と呼んでいるようである。野球、サッカー、卓球、ビリヤード、ゲートボール。このうち、どの種目が一番肉体疲労があるかというと語弊があると思うが、差はある。
 囲碁や将棋は頭脳のスポーツと言われるがまさにそうで、適度またはそれ以上の頭脳疲労が伴っている。ただ肉体は元気なままなのでスポーツとは呼ばれない。

 F1やル・マンなどの自動車レースも、スポーツの定義に当てはまる。ゲーム性があり、ドライバーやエンジンは必ず疲労する。
モータースポーツと呼ばれるのはそのためだ。

 では、ボールは玩具だろうか? いやボールはスポーツ用品である。
 キャッチボールをして遊んだあとに「オモチャで遊んだよ」とは言わず、「ボールで遊んだ」というはずだ。
その証拠に野球を模倣するための、プラスティック製のバットとボールは玩具店に広く普及している。
 小さな子供にとって危険なので模倣で充分なのだ。危険でなくなればたいていの子供は、もっと本格的な軟球と木製バットを持って、野球をするようになる。
 模倣度合いが高く、まがい物になればなるほど玩具だ。素材が安っぽいというのもあるかもしれない。

 ○ではビデオゲームはなんだ?

 玩具とおなじく”現実または架空の森羅万象を模倣したもの”である。
 これは、ビデオゲームは充分に玩具や模型等に近いものであるといえる。
そしてそれらにルールを加えゲーム性を加味した上で、コンピューターソフトウェア上に表現している。
結論、ビデオゲームは広義の意味で玩具である。 無論、旅客機のパイロットシミュレーターも広い意味では玩具である。

 ただその方向性がエンターテインメントではなく訓練用に開発されているため玩具といわれることがないだけだ。
 模倣しているかしていないか・・・これが玩具とその他を分ける究極の境界線ではないかと思う。

 ○業務用ビデオゲームを模倣していた家庭用ビデオゲーム

 そもそも玩具店でゲームソフトが売られるきっかけになったのは、ファミコン以前にゲームセンターのゲームを模倣した、家庭用ゲーム機や、小型のLSIゲーム機が売られたのが最初である。最初はアーケードゲームを模倣した、ただの玩具であった。
それがテレビに繋がり、カセット交換式になり、CDROMが付き、16ビットを経て3Dポリゴン標準搭載にまでなったのだ。
 わたしはビデオゲームは広義の意味で玩具であると思っているが、今の形で初めてビデオゲームが出現していたら、おそらく玩具店では売っていないだろうと推測する。パソコン店かゲーム専門店だけにしかないだろう。

 模倣していたという方向から見れば、昔のゲームソフトは非常に玩具的であるといえる。
表現力には当然劣るが、「まがいものの楽しさ」がそこにはあったのだ。

 ○メディアの狭間で・・

 ビデオゲームを玩具たらしめているのは「模倣」であるという結論だったが、ビデオゲームが、
他のメディア、映画やミュージックCD及び小説、漫画などと方を並べるものに成長したことも事実である。制作者の意図を正確に表現できるという点では、ビデオゲームは映画や小説、絵画と同じく表現物である。しかし、模倣していることやユーザーが参加して楽しむ点で同時に玩具でもある。

 基本的に観賞して楽しむのは玩具ではない。映画や音楽ソフトは芸術であるとされている。
では参加して楽しむことができると、それは「玩具的要素」をはらんでいるとも言えないだろうか。

 1980年代に流行したゲームブックは、小説に各要所にパラグラフ(選択肢)を付け、読者が参加できるようにしたものだ。これは限りなく本に近いが、非常に玩具的である。もともとはテーブルトークRPGのシナリオを一人でも遊べる用にしたものが発祥のようであるが、その好評を博したゲームブックも、刊行されなくなって久しい。
 玩具的要素がその寿命を短くしたのかもしれない。
 最初は斬新で「参加できる小説、君が主人公だ!」という売り文句だったが、その新鮮さに飽きると、ストーリーが分岐するために1回読んだだけでは、ページ数のわりに内容の薄さが目立ってしまうという欠点が見えた。粗悪な作品もあることから、日本では名作もろとも衰退していったと推論できる。

 遊びに飽きたユーザーと衰退。今のビデオゲーム業界もそんな空気がただよっていないだろうか。
 玩具的な要素はとても面白いが、新鮮さというのは必ず慣れていき薄れるものである。特にそれが一人遊びである場合は飽きるのが速い。

 そういえばかつてのファミコンとゲームブックの流行タイミングが妙に合うのも興味深い。

 ○未来はあるのか

 ビデオゲーム市場が消えて無くならないのは、ゲームブックと違い汎用性に富んでいることやハードウェアの進歩による刺激。
それと数々の名作が生まれたことだ。ドラゴンクエストシリーズやファイナルファンタジーシリーズは最近のものになるほど賛否両論あるが、最初のものは名作で、これまでゲーム業界を引っ張ってきたといっても過言ではない。将来ビデオゲームはなくなることはないと思うが、確実なことは、今現存しているすべてのゲーム制作会社、販売会社を食べさせていく市場は残っていないように思える。

 ○この先どうなるか

 需要は減り続けるので、供給は大きく減少させなければならない。
 ゲームタイトル本数減少のために、多くの販売会社が抱えているであろう開発部隊(別会社、自社問わず)や営業マンをリストラすることになる。鬼の如く増えたゲーム開発者はなにをしていけばいいのだろうか。今も現在進行形でゲーム製作者が淘汰されていっているということは言えるのではないだろうか?

 ○ゲームソフトの安定受注供給

 今から10年ほど前に、わたしは次のような憶測をしていた。

 「音楽や映像も同じだが、これらデジタルデータのほとんどがネットで配信されるかネットで直販の形を取る時代になる。
価値あるものをより安くではなく、価値あるものを適正価格で売ることが大事なのだ。過剰在庫を持たずに、希望するユーザーに適正価格で提供する。安すぎても高すぎてもダメである。販売店でも予約販売に徹底し店頭在庫を少なくする。大量に仕入れて大量に売るなどと考えず、ユーザーに新製品の注文を促す店作りを心がける」。

 現在、2012年。高性能スマートフォン(W-ZERO3シリーズは省く)が普及し、ゲーム機はネット接続が常識となりつつあり、ダウンロードコンテンツも豊富だ。10年前に考えていた理想に近づいているといえる。パーケージソフトは昔と同じく変動も過剰在庫も激しいが・・・。

 ○中古販売

 リサイクルゲームは対象のゲームが発売開始から1年間は売ることができなくする。一年あれば、充分に開発費や宣伝費を回収できるはずである。これは古物販売免許を持つ業者のビジネスができないというだけで個人的にネットで買い取りを募集することには言及しない。
個人が放出するのを待って、買い控えたりするユーザーはまずいないだろうし、一年過ぎるまではネットでの価格も高額になるだろう。

 sorehanai.jpg
 
 ゲーム販売店には、一年以前の中古ソフトが並び、新製品を駆逐することはない。資金力があって興味ある人は新品をより早くプレイできるし、興味が薄いかお金を使えない人は1年待って安くゲームをことにする。今の現状からすると、中古ユーザーにとってはかわいそうだが、
ファミコンブームのときもディスカウトスーパーで2割引で買うのがやっとで、中古販売自体も大変少なかったのだ。
 しかも現在の価格は当時より安くなっている。
 とにかく、在庫だらけの大安売りではだめで、もっと貴重なものであることをユーザーに再認識させなくてはならない。中古ソフトの価格は、市場在庫の数や評判により変動させればよい。

 ○これからの市場
 
 少なくとも市場は縮小しつつも、存在はする。

 これから先、市場も変化していくと思うが、そのとき制作に携わるあなたはゲーム業界に活き続けているだろうか?

以上

 個人的憶測も含まれているので、各個人でご判断頂きたく存じます。
 昨今はダウンロードゲーム販売も盛んで、スマートフォンの勢いにも目を見張るものがあります。
良質のゲームを自由に販売できる土壌は、昔にはなかったことで、上記の記事ではその予測すらできていませんでした。
 でも、僕はゲーム業界が元気よく拡大しているとは思っていません。これからはいかに安定させていくかが業界の課題だと思っています。
 とはいえ、 僕のほしかったモノはこれだったんだ! とお客さんが思える、なにかワクワクする創作物を作りたいと思う気持ちは変わっていません。
posted by 難波鷹史 at 21:16| 京都 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | ビデオゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

僕とコンピューターゲーム2

 願の16ビットパソコンX68000でしたが、当時は今のようにインターネットなんて使える環境なんてなかったし、手軽に手に入る便利なツールもなにもありませんでした。作曲ツールやグラフィックツールもかなり高価なものでした。ゲームはというと京都寺町や京都駅近くにあったソフマップなどで買ってきて遊んでいました。
 本格的に僕がこのマシンを使うのは、パソコン通信環境が整う94年まで、待たなければなりませんでした。

 SANY1144.jpg引越しの際は真っ先に安全に(自分のクルマで)輸送されるX68000(ACE)
 
 現在は、無料ソフトでの開発環境が整っていて、その気になればゲームを作り出すことが出来ます。
 このx68000は93年にx68030という速度の速い後継バージョンが出て95年に生産が終わりました。
 シャープは後継機種を出しませんでした。
 当時は、DOS/V機が、海外から入ってきて、Windows95が発売され日本の独自仕様のマシンは市場性が薄くなっていたからでしょう。
それ以後、日本のパーソナルコンピューター市場は国産としての独自性はなくなり、機械はPC/AT互換機、OSはwindowsという、今の市場を形成していったのです。

 機械が統一されるのは非常にありがたいことですが、なにか満たされませんね。

 現在、このマシンに変わる魅力をもったパソコンはありませんし、実際の作業こそWindowsパソコンですが、魂というか、精神というべきところ、こだわりたい部分は、この生産終了17年を経たパソコンです。
 このコンピューターがそのまま国産パソコンとして、シリーズが継続し、SX−Window(x68000で採用されたGUIシステム)が、今のMacOS Xのように進化していたら、どうなっていたか、今でも妄想します。
 これは、たぶん普通のパソコンユーザーからは理解できない概念ではないかと思います。
 例えるなら、古い車は、今のものより乗り心地が悪かったり燃費がわるかったりしますが、それが活躍した時代背景や車そのもののデザイン、排気音とかそういうすべてが好きということに例えられるかと思うのです。

 文房具に例えるなら、今のパソコンはシャープペンシルですが、昔のそれは万年質という感じかな、使い勝手はシャーペンですが、ぜひ持っていたいのは万年質である!


    
posted by 難波鷹史 at 20:06| 京都 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月09日

僕とコンピューターゲーム1

日から題して「僕とコンピューターゲーム」をつづって行こうと思います。
 パソコン暦は最初のMSXでキーボードを触った頃からすると、かなりの年月が経っておりますが、
コンピューターゲームとの付き合いはもっと長くなります。

 まずはこれ!

1 任天堂 テレビゲーム15
 小学生のときだったと思います。
 自宅の近所の若いご夫婦が任天堂のテレビゲーム6だか15あたりをお持ちだったので、プレイさせてもらった覚えがあります。
 ゲームはボールを打ち合うテーブルテニス的なゲームでした。

 それがコンピューターゲームとの最初の出会いだったような。


 


 厳密にいうと、この任天堂テレビゲーム15(または6)は演算プロセッサーではなく、ロジック回路で動いていたようなので、コンピューターゲームではないのかもしれませんが、コンピューターや電子モノに興味が出た最初の体験となります。
 その後、ゲームセンターでインベーダーゲーム、ギャラクシアンなどが流行り、ブルジョア(お金持ち)中学生のプレイする画面をひたすら見ていました。
 しかし小学生に自由にできるお金もないし、友達の家でLSIゲームを主に楽しんでいました。
 その後、テレビに映して楽しめるゲームで軽い衝撃を受けたのは、他人の家で遊んだテレビベーダーというゲーム機だったように記憶してます。

 伯父にトミーブラックレーサーを買ってもらったのもよく覚えています。
 故障したおりに、盛大に分解してしまい元に戻せなくなって、いつのまにか家からなくなっていました。


  
 このゲームもコンピューターなどなく、電動モーターと歯車とセンサーだけで動いていました。
 いまだにどういう仕組みなのか検討もつきません。

2 ゼビウスとの出会い

 初めて見たのはお好み焼き屋の店先に設置されていたアップライト筐体のAC版ゼビウス。
 そのゲームのグラフィックの美しさに見惚れ、相変わらずお金がないのでプレイもせずにボーっとデモ画面を見てました。
 当時は電気屋にもよく遊びに行ったので、当時のパソコンにはなんとなく興味がありました。NECのPC6001とかSHARPのX1とか、
各社からでていた共通規格のMSXパソコンとか。MSXは今考えると、現在のPC/AT互換機の考え方に通じるものがありました。
 
 画面に表示されてるグラフィックはファミコンに比べ細かい解像度のものもありましたが、そのほとんどは動きが悪く色数の少ない
しょぼいゲームが動いてましたが、なにより自分でゲームが作れるプログラミングできる! というのが、当時の少年たちにとってのステータスでした。

 そして「ゼビウス」が当時のパソコンに一斉に移植されるのは、そう時間はかかりませんでした。
しかし、どの機種のゼビウスも画面がよろしくなかった。
当時のパソコンはゲームセンターのゲーム機に比べて性能が追いつかなかったからなんですが、
今、見るとかなり工夫の跡がみられたり、それはそれとしてなかなか味があります。

3 スターフォース
 
 そうこうしてるうちに83年の年末、ファミコンが発売されました。最初は友達の家で、エキサイトバイクなどをプレイしておりましたが、特に購買欲をそそられるわけでもなかったようい思います。

 それから、84年11月にやっと「ゼビウス」が発売されました。

 しかし、僕はこのことにこれっぽっちも気がついていません。
 友達の家で、セガSG1000版のスターフォースにはまり、AC版にもはまり、ゼビウスのことは忘れていたように思います。

 原作のAC版もセガ版もスターフォースはほんとに良く出来たゲームで、今でもこのゲームデザインもバランスも、その考え方自体が僕のコンピューターゲームに対する源流なんじゃないかと思えます。

 IMGA0043.jpg AC版に忠実移植されたX680x0版パッケージとSG1000版スターフォース(MYCARD版)

 ところで、その友達の弟君が、ファミコンを買ったというので、ハドソン製のファミコン版スターフォースを見物したわけですが、映像はともかく動きや音のニュアンスはセガ版に及ばず、ゲームの移植作業はセンスとプログラミングテクニックが伴うものだと自覚したのもこのころです。

 そのころからファミコンがほしくなってくるのですが、バイトを経験しながらもなぜか結局ファミコンは買わず、ミニコンポを買っていたような・・・。

4 ファミコン来る!

 85年末にスーパーマリオを皮切りに空前のファミコンブームがおこり、そのときにやっとスターラスターと一緒に「ゼビウス」を買いました。
本体はなぜか、母親がスーパーマリオといっしょに、いきなり買ってきました。
おもちゃをうれしそうに抱えて帰ってきた母は、あれっきり見てません。それからは、パソコンのことは忘れてファミコン三昧でした。

 IMGA0042.jpg 最新ゲーム機 Wiiとファミコン「スターラスター」「ゼビウス」。
 
 ゲームセンターのゲームが年を追うごとに音もグラフィックもキレイなって行くにつれ、ファミコンの性能に我慢できなくなってくるのが86年くらいでした。ファミコンのゼビウスも当時はキレイだと思っていましたが、AC版にあるような独特のメタリック感も再現されていないし、アンドアジェネシスも浮かないし、地上絵もなかったですしね。

 そんな中、86年末衝撃が起こりました! シャープX68000が発表されたのです。
当時のゲームセンターで活躍していた機械と同じCPUそして音楽性能! なにもかもが当時のパソコンを凌駕していました。本当にほしくなったパソコンでした。しかし、高校生にはお金がありません。当時フルセットで定価50万はしたのです。

 88年に、そのX68000のことを思いながら、回転寿司屋で働いたバイト料で、グラディウス2やりたさにMSX2というパソコンを買いました。
 ファミコンと似たような機能でしたが、色がちょっと多かったんです。静止画もファミコンよりはきれい。音はPSG3和音だったのですが、FMパックをつけると音色はX68000には及ばないものの、FM9和音を楽しむことができました。
 
 でもやはりほしいのはX68000。当然、ゼビウスも移植され、最初から付いているゲーム「グラディウス」はゲームセンターのと同じく美しかったのです。効果音も美しい。音楽は似てませんでしたが、今となってはFM音源アレンジで味わい深い楽曲ともいえます。
 あのときはNECのゲーム機「PCエンジン」も発売されましたが、X68000には及びませんでしたし、クリエイティブなことはなにもできませんでしたね。やはり本命は、本格的なゲーム作りが楽しめる究極のパソコンです。

5 念願のX68000
 それで、89年に社会人になり、速攻でX68000を買いに行ったのは言うまでもありません。
当時は型落ちしていた機種を見つけて32万くらいで買えました。生まれて初めてのローンでありました。
 いろいろとやりたい気持ちはありましたが、仕事でゲームに携わるようになり、とうとう使いこなせず我家では高級ビデオゲーム機として存在しました。

 IMGA0032.jpg
 電源装置も修理し、今も現役です。いつかはなにかを作ってやりたいと思っています。

 IMGA0035.jpg
 マウストラックボールのボールもダメになってしまいました。
 硬質ゴムで、一見鉄の玉のようにも思えるこのボール。同じようなものがまだ手に入るのでしょうか?

 では、また次回の更新で。
posted by 難波鷹史 at 01:03| 京都 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ビデオゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

ザクティの後継機HX-DC1(2011年モデル)

しいデジタルムービーカメラがやってきたので、
 愛用の一眼デジカメE-20(500万画素)と静止画を撮り比べて比較。

 写真は庭に大量に生えているハルノノゲシ。

P1012461.JPG
2001年11月発売のオリンパスCAMEDIA E-20の写真。
10年前の機種とはいえ、遜色ないよね。さすが一眼。
撮影はjpgでRAWではないので、RAWから色の調整をすれば実際にはもっときれいかも。

IMGA0005.JPG
パナソニックHX-DC1(2011年モデル)写真。

 なんだかよく分からないけど、この写真を見る限りでは、ザクティも画質がよくなったなと思います。
画素数はともかく、CCDの性能も画素数のアップに伴ってよくなっていそうです。

 今週はなんとかして、荷物でごった返している部屋を片付けて、朗読を吹き込める環境を整えたいところです。

 そういえば、先週の探偵ナイトスクープで紙芝居の安野侑志(あんのゆうし)さんのネタがありました。
 お弟子がたくさんおられることに驚きました。紙芝居もまだまだ安泰のようですね。

 安野侑志さんの新聞記事

 では、また次回の更新で。
posted by 難波鷹史 at 01:05| 京都 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月24日

(おそらく)うまい! チャーシューの作り方

新がないとかで、表示される広告がうっとうしくて、あっ更新しなきゃと促される仕組み。
 いやー、よく出来てます。

 市販のチャーシューのまずさに呆れかえって、自作し始めたのが2007年。
 ここで作り方と味が安定してきたので、まとめておくことにします。

 SANY2678.JPG SANY2679.JPG
 まずは、豚バラ肉のブロックを1kg程度買ってきます。
 高槻市の業務スーパー(TAKENOKO)では、グラム100円切ってます。
 なるべく安く手に入れたいところだけど、卸売市場に行かなければこのあたりが最安値かと思います。

 SANY2681.JPG SANY2682.JPG
 豚バラブロックを上下二層に切り分けます。切り分けると、
脂身側と赤味側の二種類のチャーシューが作れますンです。

 SANY2683.JPG
 それぞれ、丸め込んで、タコ糸で縛り付けます。
 あー手が肉臭いー。

 SANY2684.JPG
 沸騰した湯で、少し(5分以内)煮込みます。
 ラーメン屋さんでは、スープを作るときについでにやっているようです。
肉の脂やなんかをスープに取り込んでいるんでしょうね。
チャーシューで食べる場合はおそらくちょっとしつこい感じる、脂かなんか(?)を、
取り除くためにやるんでしょうなぁ(知らんけど)。
テレビなんかで見たことありますけど、ここの処理をこれでもかっていうぐらい煮込む人もいるんだよ。
僕は、うまみが全部出てしまうような気がして、しつこくはやりません。
モノには限度ってものがあります。

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 中華なべにオリーブ油を熱して、こんがり焼き目をつけてください。
 外側ががちがちに硬くなるまで、焼いてください。渦巻きになってる側面もしっかりトングを使って
焼き目をつけます。
 なんでかって? おそらくですが、外を固めることで、うまみが逃げないような気がするからです。 

 うん、気がするだけ・・・。もしかするとほんのり焼き目でもおいしいのかもしれません。

 SANY2691.JPG
 チャーシュー専用特製だれの入った圧力鍋に投入!

 しっかりふたをして、圧力弁が歪んでたり、コケていないか確認してください。圧力弁がコケてると
圧力がかからずただの煮込んでない煮豚になります。
強火で加熱し、圧力笛が鳴ったら、とろ火にして20分で完成です。
最近では40分してましたが、チャーシューからしっとり感がなくなり、パサつく感じになりますので、
40分は長すぎるようです。 
 
 さて、たれの中身なんですが、過去記事を見ますと以下のものが入っているようです。

 ・醤油(当然無添加を使用)
 ・水
 ・砂糖(無漂白のうまみのあるやつ。黒砂糖でもいいな)
 ・酒の煮切り(煮切ってアルコールを飛ばす)
 ・八角

 分量は適当です。味を見てうまい! と思ったらそれで決定です。
 
 あと、気がつくものを随時放り込んでいるような気がします。

 ・鶏の皮チップスを作ったときの鶏の油 
 ・みりん
 ・ニンニク醤油(自作のニンニクの醤油漬の醤油)
 ・ネギ

  などなど、チャーシューとして合いそうなものです。
  そういえば、タコをチャーシュー風に出来ないか、チャレンジしたことがありますので、タコのうまみもタレに封じ込まれています。
  あっ 鶏チャーシューもやりましたねぇ。
 
 タレは圧力鍋で保管します。毎回醤油や砂糖、酒、みりんなど足しながら、継ぎ足しで使い続けます。
 するとどうでしょう! チャーシューを何度も作るうちに、肉から少しづつ奪い続けた、天然のアミノ酸が熟成され、タレはどんどん成長しおいしくなっていきます!

 もう市販のチャーシューには戻れなくなりますよ。

 あと注意点ですが、圧力鍋でタレを保管するときは、必ずタレを再加熱させて、笛が鳴った状態で、フタを開けずに冷ましてから保管してください。こうすることで、カビの繁殖を防ぐことができます。

 以上、チャーシューの作り方でした。
 ご家庭でお店に迫る味をお楽しみくださーい!

   
 
posted by 難波鷹史 at 20:30| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月20日

東京 旅の記録第3章2012/02/02

 鴨をあとにし、都営三田線で神保町で都営新宿線に乗り換えて市ヶ谷へ。

 SANY2650.jpg
 業界の交流会があったので来たのですが、午後5時代だというのにこの暗さ。
 時間があったので、現場沿いの道路を歩き、探索してみました。

 防衛省がありました。ちょうど、就業終了時間が来たのでしょう。防衛省から老若男女ぞろぞろ門から一斉に出てきました。
 僕もそろそろ引き返したかったので、彼らにまぎれて、ぞろぞろ戻りました。
 
 現場では、ご用意されているスタッフを除いて、僕が一番乗り。
 SANY2651.jpg
 
 めてお会いする方が、圧倒的い多く、有意義なお話ができました。
 ところで、僕が大好きなゲームに1989年発売の「シグナトリー」というアドベンチャーゲームがあります。

 対応機種はX68000(91年にはPC98版も発売されたようです)、販売はメサイヤブランドで有名だった
日本コンピュータシステム(でもシグナトリーはなぜかメサイヤブランドではないのです。)

 packege00.jpg packege01.jpg(2月22日付 パッケージ写真追加)

 月の謎やヒットラーの死に対するさまざまな内容から、フィクションとして創作されたお話なのですが、
現実としての可能性も考えさせられてしまう内容にドキドキさせられました。
この作品がテレビドラマXファイルより先であったことも驚きです。
 シグナトリーのマニュアルに紹介のあった、ドン・ウィルソン「月の先住者」、モーリスK.ジェサップ「天文学とUFO」も
買い揃えて、必死で読んでましたね。
 こういう宇宙やUFOを題材にした書籍にはよくあるんですが、やがて人類は将来、水瓶座の時代がやってきて
生命レベルがあがるみたいな、精神的オカルトにはまったく興味はないのですが、紹介の本にあるような
科学的な証拠や観測データなどで論じることには、たとえそれがオカルトっぽくはあってもつい夢中になってしまいます。

 ゲームの主な内容については、大好きなゲームベストとして、別記事を書こうと思いますので、
興味のある方はしばらく待っていただくとして・・・。

 今回、交流会で、プロデューサーの方と、脚本を書かれた方をお会いすることができました。

 SANY2653.jpg
 左から脚本を手がけられた(有)テンキー代表取締役 成田伸子さん、
中央が89年当時日本コンピュータシステム(株)で製作総指揮をされた原案者、鈴木 力(ちから)さん。
今は、(株)クレセントという会社を経営されてます(写真掲載の許可を頂いております)。
 右の男は言わなくても分かるでしょ。

 最初は成田さんにお会いして、シグナトリーの制作会社が確かテンキーさんであったことを思い出して、
お話したら、制作の責任者がいるということで、ちょうど会場にいらしていた鈴木さんをご紹介して
頂くことができました。
 実はこのシグナトリー、マニュアルには続編を匂わす記述があったのですが、結局続きのお話は発表されず
20年以上が経過してしまいました。

 現在では89年当時より世界情勢も変ってますし、得られるデータも多いので、続編を考える下地は
あるのだそうです。
 完全版の制作を考える場合、やはり2010年代なりのアップデートとして旧作もリニューアルする
必要があるとは思いますが、アドベンチャーゲームとして、現在なりの面白さを追求するとなると、
アクションアドベンチャーでもいいのかもしれません。

 続編制作には、ぜひ参加させていただきたいところです。

 て、交流会も終わり、深夜バスで帰ろうと、新宿周辺を歩いていましたら、
 寒い中、人々ががんがん素通りする中で、一生懸命活動する一人の女性が・・・。

  「鶴を折ってくださーい」と、道行く人々に声をかけていました。

 ・・・まったく意味が分からなかったのですが、聞く勇気も湧かず、一旦は通り過ぎ、バス出発まで時間を
つぶしていたんですが、周辺を徘徊するだけでは時間はつぶれません。
好奇心のある僕は、結局、その女性に話しかけていました。
 同時にそばを歩いていた、その女性の職場のお友達もなぜか参加。
 そのお友達にも彼女の話は分からないそうで・・・。 3人であーだこーだ話し合いが始まりました。

 広島の被爆した人たちのために鶴を・・・。人類は新しい・・・段階とか、といったニュアンス。
 でも、なぜ鶴を折らなくてはいけないかについては、とうとう論理的な解釈には至りませんでした。

 話しを聞いてくれたということで、感激してくださいました。
 こちらも、自分の信条についてお話できたし、なによりバス出発まで貴重な時間を無駄にせず
有意義な時間を過ごせたことに感謝するところです。 

 帰りのスタンダードな深夜バスはやっぱりキツイ!

 東京の旅もこれで終わりです。では、次回の更新で。

  
posted by 難波鷹史 at 08:00| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月16日

東京 旅の記録第2章2012/02/02

 回からの引き続き。
 さて、築地で寿司を食べてから、こちらへ行きました。

 SANY2644.jpg
 二年半ぶりだね。巣鴨。
 先回行きそびれた緑茶専門店へ行ったんですよ。

 SANY2645.jpg
 あれ、改装したのかな雰囲気が変わってる・・・。
 中に入ると和服姿のきれいな女性が、お店を切り盛りしてました。

 SANY2649.jpgハンガーと比較してもかなり大きなぜんまい時計。

 SANY2646.jpg
 玉露を注文したら、すり鉢を選んでくださいときた。

 SANY2647.jpg
 お茶葉を、すりこぎで粉にするんだそうだ・・・。
 それが終わると、今度は水を三種類から選んでくださいときた。

 利き比べをすれば味の違いは分かるけど、いきなり選んでそれが他のよりおいしいのかはよく分かりません。

 適当にオススメのを選択してお湯を注ぐと、こうなります。

 SANY2648.jpg
 飲んでみたけど、うん普通の緑茶かなぁ。飛び切りうまいかというと、よく分かりません。
 よくよく、店員さんと話してみると、二年半前に訪問した時代と話がかみ合わない・・・。

 店員さん 「○○さん?・・・わたしがここに入る以前にいた方かしら?」

 僕   「ですかねぇ。僕のブログに書き込んだ方・・・」

 店員さん 「・・・あっ! それ何年前ですか?」

 僕  「2009年です」

 店員さん 「あー、それ前の店です! ここ去年、店が変わったんですよ」

 僕  「えー!」

 店員さん 「店が変わっても、変わらず緑茶屋さんなので、同じ店だと思って、入ってくる方が今回を含めて3人(笑)」

 と言うわけで、お土産の塩まんじゅうを買って巣鴨を後にしました。

 緑茶専門店「壽」さんどこいったんでしょ?
 食べログをみると、興味深い書き込みが一杯だったのに完全閉店してしまったのでしょうか?

 http://r.tabelog.com/tokyo/A1322/A132201/13091472/
 http://www.sugamo-kotobuki.com/

 ちなみに塩饅頭はその日のうちの賞味期限だけど、お店の人は次の日も大丈夫って言ってました。
 冷凍すればさらに日持ちします。

 では、今日はここまで!
posted by 難波鷹史 at 20:19| 京都 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月14日

東京 旅の記録第1章2012/02/02

 月始めに東の京へ行ってきたのでレポート。
 ちなみに、東の京都で東京都だと思うので、橋下市長のいう大阪都は名称的におかしいと思うわ。

 さて、何年ぶりの東京だろうか・・・。2009年4月以降2年半ぶりか。

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 まぁ、朝9時50分地元のJR出発。
京都で新幹線に乗り換えて、滋賀を通って、関東方面へ。

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 滋賀県はなぜか雪国。もうひとが住むところには見えない。 

 東京駅で、東京メトロ線という鉄道に乗ろうとしたけど、駅に案内が見当たらない。
 駅員さんに聞くと、歩いていけば見つかる風なことを言うではないですか。

 僕 「駅に案内がまったくないんだけど、ほんまにあんの!!」
  (なんか、腹立つねん。東京(笑))

 駅員 「ありますよ・・・」

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 駅を出て(出るんかい! もっと親切に説明してほしい)、交差点を超えると、
東京メトロ線の入り口が見えてきました。

 今考えてみると、東京メトロの案内は、駅構内ではアイコンによって案内されていたのかもしれません。
 赤い丸とか路線を示すカラーの中に白地でアルファベットが書いてあるマーク。
 他府県からくる人にそんなアイコン分かるわけありません。この町はなんかおかしい・・・。

 で、東京メトロなんてしゃれた名前だから、新しく敷設した地下鉄なんだろうと思ってたらそうじゃなくて、
京都や大阪でいう単なる伝統的な地下鉄のようです・・・。東京では、あとに敷設されたのが都営地下鉄だそうで
こちらのほうが、伝統的な古い地下鉄だと思ってました。

 お腹が減っていたので、先に築地へ行ってみることにしました。

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 地が全国からいろいろな高級な魚が集まる場所。品はいいんでしょうけど、値段が安いわけでもありません・・・。
 魚食のスペシャリスト、生田先生を訪ねていったのですが、築地のページでダウンロードしたマップとなにか位置が合わない。

 建物の中もくるっと廻ってみましたが、店はありません。

 近所のまだ開いていたお店の方に聞いてみたら、

 お店の人 「魚河岸野郎・・・そんな店あったかな」(マップを見る)
        「この建物だわねぇ」
 僕   「よくテレビでも出ていて、ちょっと有名な方がやっておられるお店ですよ」
 お店の人 「・・・・・・あっー! そこのお店ね。深川っていう・・・」

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 閉まってちゃ分からないし、閉まった後の店の名前が違うんじゃ、どうしようもないじゃん。
 まぐろ専門にも興味ないし(笑)

 お店の人 「二時すぎには、売り切れたみたいで閉まっちゃったみたいよ」
 僕    「そうですかー、残念。新幹線さえ遅れなければ・・・」
 
  商品があるうちは、夜7時までやっているお店ですが、なくなれば閉店してしまうという、
まるで、スープがなくなりしだい閉店する個人ラーメン店みたいです。
 両隣のお店も、商品を売り切ったということなんでしょうか・・・。

 生のべらんめい口調が聞けなかったのが、なんとも残念です。

 気を取り直して、腹ごしらえ。
 築地のすしを食べたかったので、数店舗見て廻ったのですが、店員さん店前に出てて、
雰囲気が良かったので、すし一番 築地場外市場中央店に入りました。

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 ランチ限定セットの茶碗蒸し。丁寧で化学の味もしません。

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 久しぶりに冷凍でない寿司を食べました。どれもこれも回転すしよりは遥かに、味がいいです。
 同じ魚ですので、くら寿司等で廻っている旬の一貫モノとそんなに変わるものでもありませんけどね。

 ただね・・・。

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 いわしがうますぎた!! 
 最近の回転すしでは、酢でしめているものが多いので、いつもがっくりするのですが、
やはり築地、〆いわしなんて食べさせません。いわしは生に限りますよ。
 いわしは、旬までにはもうしばらくかかるそうなんですが(2月2日現在)、この日は恵方巻きで需要があるので、
早い目に仕入れたとのことです。

 お店の板前さんとの談笑で、地方の寿司屋だと、朝一番の魚じゃなくて、魚が食事をしたあと、次の食事をする
間のちょうど体に栄養が廻ったころの魚を持ってきてくれるように、漁師さんと契約するそうです。
 
 やはり、魚を食べるなら、地方の漁港近くがいいということか・・・。天草行きたいなぁ。
posted by 難波鷹史 at 20:00| 京都 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

宇治市京阪黄檗駅周辺の探索

 日の土曜日(14日)、宇治の黄檗(おうばく)へ行ってきた。
 目当ては「たま木亭」のパンだけど、この界隈は僕の母校があるところ。

 高槻からなら、大山崎の国道五条本(こくどうごじょうもと)から478号線(京滋バイパスに併走する国道)
から宇治へ抜けるのが早い。

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 京阪宇治黄檗駅をでたところ。
 高校時代はこの踏み切りを超えて、通りを左に向かってました。踏み切りのこっちか向こう側に
本屋さんがあったはずだけど、今はなくなっててどっちにあったか分からない。

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 その先の左側に黄檗新生市場があります。
 その昔から、活気はなく細々と店がありましたが、今はどうなのでしょう。
聞いたところの話では、たま木亭の影響で、活気が戻っているのではないかという情報もありましたが・・・。

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 入り口から中を望むと・・・、あれれ、真っ暗・・・。

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 ほとんど廃墟状態の商店街内部。
入り口の花屋さん、薬屋さん、中ほどにある乾物屋さん金物屋さんだけが営業されていました。

 昔は玩具屋さんもあったはずなんですが・・・。

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 反対側の入り口から望む。
 商店街の長さは200mもありません。

 今度は来た道を戻ります。

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 くじら専門店の看板に時代を感じます。

 商店街の入り口へ戻り、さらに先へ行くと、僕の母校があります。

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 京都芸術高等学校(旧 京都高等工芸学校)
 ガソリンスタンドがあった部分は既に買収され、教職員の駐車場になってます。

 また駐車場の左側にはドーム状の施設が建設されオープン間近という感じです。
 僕がいた時代より、すごいことになってました。

 京阪の線路沿いの雑居ビルっぽい建物も校舎になっており、一階は生徒たちの
ギャラリーになっていました。

 一応、卒業生だよっと告げ見学させていただきましたが、一般の方でも自由に
見学していいようです。

 生徒たちの作品のレベルも高く、昔と違って、造形や油絵などいろいろな美術を教えている
ようでした。僕のいた時代よりも、生徒にとっては幸せな学生時代が送れそうです。

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 上の写真は阪急水無瀬商店街。
 ここも寂れていると思ってたけど、黄檗新生市場と比べれば十分まだいけるなと思いました。

 ちなみに、たま木亭のカレーパンは絶品です。パン生地がここまでおいしいパン屋さんは、僕は知りません。
 もう十分にクオリティが高いことはみなさんご存知ですので、これ以上申しません・・・。

 戸軒
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 正月を過ぎてから、ソフトバンクが配布していたカップラーメンに与る(あずかる)ことができました。
 どうせ、安い油揚げ麺なんだろうな、と思ったら、ちゃんと乾麺を使ってました。

 具も多かったし、なかなか出来がよろしい。
麺のおいしさを除けば、味はサッポロ一番塩ラーメンでしたけれども。

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 ※このラーメンは犬など動物に与えないで下さい(笑)

 曜日に、愛車ジムニーの運転席に、見慣れない液体が溜まっているのを発見。
 香りはオイルっぽかったんだけど、キャビン内にオイルが漏れるなんて聞いたことない。

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 金曜日に近所の整備工場に持っていって見てもらったら、この液体はラジエーターの不凍液だという。
 ジムニーの温風ヒーターのために引き込まれているラジエーターの配管からとうとう不凍液が
漏れ始めてしまったということらしい・・・。

 がんばって直してもらうぞ!! ジムニーがんばれ!

 では、また次回の更新で・・・。

    


 
posted by 難波鷹史 at 00:21| 京都 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

書道は習字じゃないんだよ

 日、ながらく、筆字を書きなぐりたいと思ってて、100円ショップ等で書道の道具を
揃えてみた。墨以外は100ショップで揃います。墨滴を使うなら墨はいらないんだけど、
硯(すずり)は揃えたので、墨も! と思ったけど、400円以上するものがほとんどで、
ちょっと遊ぶだけで、ここまでお金をかけられないということで、88円のトップバリューの
墨液にしました。
 そもそも、なんで筆字を書きたかったのかというと、すしご飯馬ん場というお店に行ったとき
に、そこのメニューが半紙に書いてあったことが発端。

 「きす天ぷら」とか「はまち」とか、これまた風情のあるかっこいい書体で、のびのび書か
れているんですよ。

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 自家製チャーシューを作っていたので、同じように書いてみました。

 ところで、小中学校時代に、墨液も墨も両方買わされたことが、いまだに意味不明です。
墨液に墨をすりおろすという意味不明なことを行っていたことになるんだよね。

 墨をすることが、気持ちを整えるからとかなんとか・・・。だったら墨液買わすなと・・・。

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 今度はバイブルから、預言者サムエルが書道をしてたら・・・やはりこの言葉でしょう。
 たとえ話として我が娘のように可愛がっていた羊をほふらせた権力者の話について、
ひどいやつだと評したダビデ王に対してナタンが「あなたがその人です!」と、
ダビデの罪を問うた サムエル記下12章7節の言葉です。

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 なんだか、葬式場建設反対とかみたいですが、まあ、そういう心の叫びを書きなぐるのも
また楽しいです。
 ちなみに化学調味料の量について、以下のように勝手に定義しておきます。

 会長   かなりの量の化調の含有率 一口目で首をかしげるレベル
 社長   結構な含有率 二口目からもういらないレベル
 部長   まぁまぁの含有率、最後のほうは飽きてしまうレベル
 課長   一般的なカップラーメンレベル
 係長   普通の良心的な使用量のラーメン屋レベル
 平社員  無化調

 いまだにまともに調理されたもので会長レベルは出会ってませんが、一度「新福菜館」にて、
あきらかに調味を間違ったものが出てきたことがあります。それが最高度でした。

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 1月21日に宇宙刑事ギャバンが復活ということですが、方々のネット上の説明や
東映の公式サイトを見ると「宇宙警察」って書いてあるんですよ・・・。

 なんだよその安っぽい名称は、正式には「銀河連邦警察」でしょうが。

 たぶんデカレンジャーの宇宙警察のことかもしれませんが、劇中でしっかり説明してるんでしょうか?
違う組織だよって。

 書道はこれで終わり。写真をとった後、破棄しました。あーすっきり。デジカメは便利でよろしい!

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 8日の日曜日に梅田にある「四川辣麺」に行きました。
 四川辣麺という漢字ですが、普通に「しせんらーめん」読むみたいですが、
「辣」この字は ラツ ラチ としかIMEパッドには出ません。中国漢字よみなんでしょうかね。

 味はなかなかうまいのですが、担担麺としてはやはり京都の「まる担おがわ」に一歩及ばないかなあ。
 おがわの担担麺のあのやみつきになりそうな常用性は感じられないので・・・。もしかしたらテイガクの
麺のよさもおいしさの原因かもしれませんが・・・。
 あとここの餃子は小さすぎます。やはり餃子を大きくないと、食べ応えがありません。
 薬味が多いのはうれしいポイントでした。場所がら少し価格が高いのが難点ですが、いい店です。


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 今月5日に実家に帰っちゃった。マルチーズのピナモン。寂しいったらありゃしない。

 本日はこれまで、お疲れさまでした!
   

posted by 難波鷹史 at 00:28| 京都 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | ホビー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする